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A Tsuchihashi Masahiro film TRUTHS: A STREAM 監督のエッセイ
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ロイクでもグルーヴしねえやつぁいるぜ!
私は中学生の時にブルースを始め、高校、大学とジャズに移行していった。最初はアコースティク・ギターを、こづかいを貯めて買って、勉強さぼって弾いていた。学生服に坊主頭でクロスロード・ブルース(ロバ・ジョン!)を歌う、変な中学生だった。 ジャズにかわってからはウッドベースを始め、大学の頃には京都のライブハウスでぼちぼち演奏するようになったが、自分の演奏は一体いいのか悪いのか自分でも判らなかったし、周りの評価もまちまちだった。 ニューヨークでは楽器を手に入れるまで一年以上かかったこともあって、音楽活動はしばらく中断していた。活動再開してからも、昼間は学校に行っていたし、学業優先なので練習量は多くはなかった。それでも、時々ジャズのライブ、ワークショップ、ジャムセッションに顔を出していたら、ある時「今夜、ベースが急に都合悪くなっていないんで、君、来れるかな?」と、いきなり電話がかかってきた。場所はハーレムのハドソンリバーに近い、コットン・クラブのまだ先にあるバーだった。 夜中でタクシーも行かない所だから、仕方なくウッドベースを担いで出かけて行ったが、「こんなところに何かあるのか?」というくらい真っ暗な廃墟のような町並みが続く所で、いつ襲われるか、楽器を盗られるんじゃないかと、気が気ではなかった。いつも夜ハーレムを歩くときは、頭のイカレたふりをして、大声で訳のわからないことを叫びながら歩くという自衛手段をとっていたが、楽器を持っているのでそんなこともできず、でかい楽器を抱えてひたすら早足で歩いた。 やっとのことでたどり着いたそのバーは、客もプレイヤーも当然ながら全員黒人だった。色の薄いのは私だけ。店中、真っ黒という感じで、私だけがやたらと浮いて見える。自分の演奏に確固たる自信のない私が、黒人の中で弾いて果たして通用するのだろうかと一瞬不安になったが、店の空気は暖かく「おー、よく来たなー。」という感じだったので、かなり気が楽になった。 私はたいがいベースを弾くときは、ガンガンいくほうで(これがウリなんだが)、その時もいつも通りに、イケイケで弾きまくったのが良かったのか、一緒にプレイした黒人のお兄さんや客のおじさんに、「いいノリしてるじゃん!」なんて言われて、ウケてる様子なのだった。その後もちらほら 「いいタイムしてるな。電話番号教えて。今度一緒にやろうよ。」という声がかかったりして、自分のビートもまんざら悪くないのかなと、だんだん自信がついてきた。 それから、いろんな黒人とプレイしているうちに、黒人でも歌の下手なのや、ノリの悪い奴がいることを発見して驚いた。それまでは、黒人はみんな歌がうまくて、カッコ良く踊れて、リズムもグルーブもタイトでバッチリだと思い込んでいたので、その時のショックは相当なものだった。やっぱり、黒人もちゃんと練習しないと良いグルーヴは出せないのであった。生まれつきじゃなくて、修練の賜物なのだ。 ニューヨークの一線級黒人ジャズバンドで活躍している日本人ドラマーやベースプレイヤーを目の当たりにして、人種とか血とか文化を超えて人間は成し遂げることができるということに気がついた。日本で何も知らずにやってた時は、黒人コンプレックスみたいなものがあったが、向こうに行ってからはなくなってしまった。実際、ニューヨークのベーシストで「近頃の黒人はノリがビシッとしない奴が多いよ。今いいグルーヴを出すのは日本人とイタリア人だ。」なんて言う人もいた。 人間は生まれ持った限定の中でさえ、それ以上のものを生み出せる、無限の可能性をもった生き物なのだ。たとえ黒人じゃなくても、グルーヴのある、タイトな演奏ができる。 こういう理想主義的(?)な言いぐさは、ナンセンスだという人も多いだろうが、そういう人達には、"You may say I'm a dreamer. But I'm not the only one. I hope someday you'll join us. And the world will be as one."(J.O.L)とだけ、言っておくことにしよう。 15/07/2000 |
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