TSUCHIHASHI Masahiro's New Work

LET OUR CHILDREN HEAR MUSIC

音楽・美・生命

 

LET OUR CHILDREN HEAR MUSIC

 

秋吉台国際芸術村でのジャズ・ワークショップ撮影についての報告をいたします。

総合プロデューサーでピアニストの近藤大地氏から依頼を受けたのは、「TRUTHS: A STREAM」東京ロードショー中の、2000年12月の事でした。それから1年以上が過ぎ、ようやく「現場」を終えるところまで来ました。 これから編集に入りますが、完成時期は未定です。

この映画は、デジタル・ビデオによる撮影を行っています。PCでのノンリニア編集を行うデジタル・ムービーとして完成させる予定です。「TRUTHS: A STREAM」では消え去りつつあるフィルム・メディアの伝統にこだわって製作しましたが、今回はこれからのインディペンデント映画の動向を考慮して、小規模、低予算での映画製作の可能性を探求するものになります。

デジタル・ムービーは商業性に囚われない自由な映画を製作しつづけるには必然的な映画形態だと考えられます。今回の作品は、現在のテクノロジーでどの程度のクオリティーが最低限の機材で維持できるのかを見極める良い機会になると思います。

その意味では、土壇場になって協賛のソニーからお借りするカメラの殆どが、VX-2000からTRV-30に格下げになってしまったことは、非常に残念でした。しかし、画像のクオリティーが下がっても映画の「内容」自体が変わる訳ではないので、創り方さえ良ければ優れた映画になることは明白です。我々としては、出来る限り画像のロー・クオリティーを凌駕する「映像的意義」を提示するよう努力したいと思います。これは、家庭用機材で出来る限界へのチャレンジです。

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今回の撮影で一番問題となるのは、マルチ撮影を担当するカメラマンでした。「全てのショットがフィックス」であるドキュメンタリーを作るというコンセプトが今回の撮影の前提にあったので、ワークショップが行われる4部屋それぞれを3カメラ(ピアニストの部屋は4カメラ)で押さえる上に、DATで音声を別録りするという作業が必要なとなりました。

予算上、東京から撮影部、録音部を呼ぶ事はもちろん出来ない状況です。結局、私と、製作スタッフ1人、ボランティアスタッフ3人、現地カメラマン1人で14台のカメラと4台のDATを操作・管理する事になり、さらに、記録写真の撮影まで頼まれてしまったので、それぞれのスタッフの負担が大きく、かなり困難な撮影となりました。

撮影期間中ずっと、ワークショップ授業時間は何台ものカメラの画角調整のために走りまわり、ワークショップ休憩時間にはテープ交換とワイアレスマイク取り付けなどで慌しく動き回り、「トイレに行く時間も無い」というスタッフからの悲鳴の声も上がるほど、個々人の仕事量は大変なものでした。

また、毎日100本以上のDVテープの準備・仕分けと記録・管理を夜間ワークショップ撮影終了後に行わねばならず、毎晩3時4時まで作業が続き、スタッフの体力の消耗も激しく、撮影が進むに連れ、肉体と精神力の限界にチャレンジするような日々げ続きました。

このような状況でも、スタッフに事故や病気が無く、撮影を無事終えられたのは非常にありがたい事だと思っています。

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この映画は、単なるワークショップの記録として製作するのではなく、優れた「歴史的」ミュージシャン達の音楽創造の在り方と彼らの音楽についての思考を明らかにする芸術的な作品として創ることを考えております。

「音楽のマエストロ」の「創造と思考」の在り方を映像で提示する事によって、音楽に実際に携わっていない人達には中々理解する事の難しい、「音楽の本質」についての抽象的で曖昧なイメージを、少しでも「判りやすい具体的な形」にすることを目論んでいるのです。(非常に困難な事だとは判っておりますが…)

上記の目的を満たすために、我々はワークショップの撮影だけでなく、ミュージシャンの各人それぞれに、2時間以上ものロング・インタビューを行いました。

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インタビューの内容は、音楽の微細な要素のそれぞれについて、また、音楽と文化、宗教、身体、自然等に関する問題など多岐にわたるものであり、最後には幾つかの事項について楽器を使って音自体で回答して頂くような質問も行いました。音楽の全様について音楽家自体の言葉で解釈と説明を行う、非常に実りの有るインタビューだったと思います。

バリーの音楽と人間に対する愛情溢れる言葉や、リチャードの長い経験に基づく言葉、ルイスの明晰で理路整然とした言葉・・・そして圧巻は、近藤氏の「生まれる前の音と死んだ後の音は?」という質問に対するピアノ演奏による回答です。

この演奏は「音楽の深淵は魂に直結している」ことをひしひしと感じさせてくれる、日常的領域から遥か高く飛翔するものだったと思います。 生でそれを聴いたのは録音技師を含め3人しかいませんでしたが、この体験は本当の「歴史的演奏」を直接に体験するというとても貴重なものだったと感じられてなりません。今でもホールを満たしたスタインウエイの豊かな音色が心の中に響いています。今回の映画において非常に重要な役割を担う音楽となるでしょう。

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今回のワークショップ撮影は仕事としての意義は別にして、超一流のミュージシャン達の音楽と1日中接する事ができる、非常に価値の有る経験でしたが、なかでもバリー・ハリス氏の「あまりに美しい」音色に長時間接していられたのは、予想を遥かに越えた感動的な出来事でありました。

バリーの指先が触れたとたんに、どんなコンディションのピアノであろうが、えもいわれぬ「美麗しく匂い立つ音」を奏でるのです。これはまるで「魔法」でした。もはや人の為せる技の域を越えています。

近藤氏が萩市のライブハウス「ビレッジ」で、バリーとのライブを行った際、バリーの紹介で「次は、妖怪の登場です!」と語っており、私は一瞬「妖怪とはまた無茶な表現だな。」と思いましたが、実際バリーがピアノの前に座り、鍵盤に指を置いた瞬間に立ち起る艶やかな音を聴くや否や、「本当に化物だ!」と心底驚いたのを憶えています。

人間が修練によって人間を超えていく様をありありと見せてくれる「音楽(芸術)」という表現手段が存在することに、いたく感謝した一時でありました。

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現在この映画の編集を進めていますが、殆どの作業を私一人で行う上に、この作品にかけられる時間が非常に少ないので、完成は1年程先になる見通しです。来年度の企画の入り様次第では、もう少し早まるかもしれません。

現時点では、近藤氏の「The Daichi Trio」コンサート部分は、大体のカッティングが終了しています。このコンサートの演奏も、本当に素晴らしいものでした。私は編集の為に200回は聴いていますが、いまだに飽きることなく、少し聴き始めると思わず最後まで聴いてしまうという、不思議な魅力の有る演奏です。

版権の関係で、全曲を一般に公開できるかどうかは解りませんが、私としては、一人でも多くの人に知って欲しい「最高の音楽」の良いサンプルだと思っています。

これからバリー・ハリス・トリオのコンサート部分の編集にかかります。こちらも編集自体が美しい音色に浸れる作業なので、今からワクワクしています。

今まで私は、市販されているどのような音楽映画やライブ・ビデオを見ても、「音楽と映像の必然性を全く解っていない!」と(敬愛する音楽家の演奏であればあるほど強く)腹立ち、怒り心頭に達していました。それゆえ、自分が製作する今回のコンサート映像に関しては、音楽的必然性を絶対化し、それに完全に追従して映像が提示されるように最大限努力して編集しております。使用機材の不備や、ボランティアスタッフ、プロカメラマンの技量と意識の問題によって、一部完全ではないところは有るものの、自分としては、観ていて怒りを覚えない初めてのライブ映像が出来あがったと思います。

現在、音楽収録の「仕事」をしているディレクターやカメラマン達は、「音楽の真髄とは何か」をもっとよく考えて、ライブ映像を撮影・編集する必要があるのではないでしょうか。世界中で所謂「プロ」が行っているライブ映像製作の結果の殆どは、「音楽の真なる提示」としては最悪のものとしか言えません。製作する人間が、まず「音楽自体」にとってどのような「映像」が必要なのかを知らなければなりません。まず第一に、音楽の本質を理解し、正しい判断のために必要な美的直観力を鍛えるように心がけてほしいものです。

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ワークショップ部分の編集はこれからです。今は素材ビデオをチェックしてどの部分を使用するかを選定しています。四人四様のユニークなワークショップは、音楽に対する様々な「正しい」アプローチの有り方を教えてくれています。

近藤氏は、子供の自主性を最大限引き出す方法、ルイスは子供を楽しませながらも、アンサンブルをきっちり作り上げる方法、リチャードは、音楽の基礎からしっかり教えながらも、不可思議な領域を飛来させる方法、バリーは音で魔法をかけつつ、向上する可能性を見出して厳しく指導する方法・・・。音楽の教え方にも色々あるものだなと、感心しながら素材チェックしています。

また、近藤氏には、ワークショップ内で、音楽にとって重要な要素を具体的に言語化して頂けないかとお願いしていたので、音楽に対する理解を深めるために役立つ言明が其処此処に見うけられます。インタビューをからめて、複合的に音楽の姿を浮き彫りにするように編集してゆきたいと思います。

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このワークショップで、子供達の音が大きく変わって行くのを時間を追って見ると、人と音楽との基本的な関係がよく理解できるような気がします。

音は子供達の表情を大きく変えます。合奏は子供達同士の人間としての関係性を強めます。他者の理解をも促します。自分の責任も実感させますし、自己を直視する事も教えます。練習は人間の可能性についても教えます。

そして音楽は、何故だか人の感情を強く揺さぶります・・・。音楽、それは、人の「生」と不可分なものなのでしょう。

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その素晴らしい音楽についてのドキュメント・・・とにかく、良い作品に仕上げます。

乞う、御期待!

May 2nd 2002 & Dec. 21st 2002

近藤氏の寄稿

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